オリーブの時間(from 2006)

2006年6月に手作り石けんウェブに掲載していただいた記事をこちらに再投稿します。先日の石けん教室のための教室千葉クラスで、オリーブは育った環境から判断すると水が嫌いだと思う、という話をしましたが、それに関連した内容のことを以前に書いたエッセイです。10年前のものですから、「今月から新しい連載」と書いてあってもそれは10年前の話です。今となっては古い情報もあると思いますが、それはそれで古い読み物としてご覧ください。

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オリーブの時間

今月から新しい連載です。石けん作りに使われる植物や石けん作りに対する私なりのこだわりを書いていけたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。

コンピュータの中にある古いフォルダを開けると、idea.docというファイルがありました。これはとある編集者さんに向けて数年前に私が書いた書類で、そこには私がこれからしたいことが書いてあります。久しぶりに読んでみると、熱く語っていた過去の自分に妙に恥ずかしい気持ちもあるのですが、その頃の自分に深く同意する部分もありました。自分のこだわりや夢など根本的な部分は今も昔もそう変わっていないんだなと思いました。
その中に書かれていたことを読みやすく書き直して抜粋してみますと:

例えば、石けん作りでは多くの植物や植物からできた製品を材料として使います。材料について勉強するということは、例えば脂肪酸であったり、植物の成分であったりと、ミクロな情報に意識が向けられるのが一般的です。しかし、私がこれから伝えて行きたいと思うのは、例えば植物が種から実をつけるまでのプロセスだったり、その過程で風や水や光や他の動植物や人とどうかかわっているのか、そのかかわり合いがどのようにバランスを保っているのか、地球というひとつの枠の中でどう存在しているかというようなマクロなことです。
例えば、石けん作りでよく使われる「はちみつ」。以前に私のブログで書いたことがありますが(リンク:http://taosoaplog.blogspot.com/2006/10/honey-bees-cont_16.html)、一匹の蜂が一生に集めるはちみつの量はたった小さじ1/2だそうです。それに、りんごやさくらんぼなど、はちに受粉を頼り、はちがいるからこそ実をつけられるという植物もたくさんあります。私はこういったことを初めて知ったとき、はちみつに対する考え方、というよりも、はちみつに対する気持ちががらりと変わりました。こんなトリビアは、石けん作りをする上で、直接関係ないと思う方もいるかもしれません。「はちみつの水分は20%、糖分は80%で、他に含まれる成分は、ビタミンCなどの水溶性ビタミンやカリウム、ナトリウムなどのミネラル・・・」という話をした方が、よほど石けん作りに役立つと思う方もいるかもしれません。しかし、はちみつそのものでなく、そのまわりに存在するもの、その仕組みや関係を知ることで、私は石けん作りの奥深さを感じ、石けん作りに対して、また自然に対して、謙虚な気持ちを持つようになったのです。そして、同じような気持ちを石けん作りをする仲間にも感じてもらえたらと思っています。

さて、前置きが長くなりましたが、初回の今回は、石けん作りの代表的なオイルであるオリーブオイル。その実について私なりの思いを書きたいと思います。

オリーブの実は、塩漬けやオイル付けでよく売られています。食べるとかなりしょっぱくて、日本のお漬け物みたいな感じです。めったに生の実は見かけませんが、以前に、たまたま近所の八百屋さんで生のオリーブの実を見かけました。購入前に調理法をネットで調べると、出てきたのは渋抜きの方法ばかりでした。どうやら生のオリーブは苦みが強すぎて、よほどの渋抜きをしないと食べられないらしい、ということがわかりました。しかもその渋抜きには、苛性ソーダを使う方法も出ていました。苛性ソーダを使うなんて相当な渋味だなと思ったと同時に、渋抜きの過程で石けんっぽいものがこっそり実の中にできないのかしら、と少し疑問に思ったりしました。

苛性ソーダを使わずに塩で渋抜きをすると、何度も水を変えながら何ヶ月も時間がかかるそうです。苛性ソーダを使っても1週間くらいはかかるということで、そこまでしないと抜けない渋味を抜いて食べようと思った最初の人はすごいですね。その過程で何度も舌がビリビリしたのではないでしょうか。

生の実の食べ方を調べていた私ですが、いつの間にか興味はオリーブの実の渋味へと移っていきました。そもそも、オリーブの実はなぜそんなに渋い必要があるのでしょうか?
少々ミクロな話しも入りますが、オリーブの実に含まれる苦み成分はオレウロペイン(oleuropein)というもので、実だけでなく葉や木にも含まれているそうです。サプリメントとして売られているオリーブの葉のエキスや錠剤は、有効成分にオレウロペインを含み、殺菌作用や血圧降下作用があると言われています。
もちろんオリーブにしてみれば、人の血圧を下げるために苦味成分を持ち合わせていたのではなく、害虫などから身を守るためのものであるはずです。
オリーブは温暖な気候を好み、寒さが苦手。実をつけるために一定期間の寒さが必要ではあるものの、寒い期間が長過ぎたり、気温がマイナス10度にでも下がれば、木がダメージを受けたり、枯れてしまうそうです。しかし、温暖な気候は多くの外敵や競争相手にとっても好条件な環境。その中で種を存続していくために、オレウロペインのような強力な武器を持つようになったのでしょう。
 事実、オリーブの木は寄生虫や害虫などにあまり縁がなく、外敵が少ないせいか、樹齢が長いことでも知られています。100年を越えてもまだまだ現役でたくさんの実をつけるし、いちばん古いオリーブの木は樹齢1000年だとどこかで読んだことがあります。

 樹齢が長い、ということもまた理由があるようです。オリーブのほとんどの品種は自家受粉できず、しかも風で受粉のチャンスをねらう風媒花。風が吹いて、運よく別の品種の花に花粉がついて、初めて実をつけるチャンスが生まれるのです。風まかせという言葉がありますが、オリーブが実を結ぶかどうかは文字通り風まかせ。鮮やかな色や甘い香りの花で虫をおびき寄せる虫媒花と違い、ひたすら風が運んでくれるのを待つ受け身な方法を選んだのです。オリーブの木は、何年、何十年という時間をかけて、ゆっくりと受粉のタイミングをうかがっているのかもしれません。これもまた気が遠くなるほど時間のかかる話ですね。

時間がかかると言えば、手作り石けんもオリーブオイルをたくさん使うと時間がかかります。例えばオリーブオイルだけで作るキャスティール石けんは、オリーブオイルと苛性ソーダ水をあわせ、泡立て器でシャカシャカと混ぜていると、いつトレースが出るかわからないほど時間がかかります。もちろん撹拌時間がかかるのは、不飽和脂肪酸が多く・・と説明することもできますが、私にとっては「オリーブにはオリーブの時間というものがある」と考えた方がすとんと納得できるのです。
つまり、実の渋抜きにしても、受粉にしても、石けん作りにしても、オリーブというのは何かしようとすると時間がかかるものであるらしい。時間がかかるというのはもちろん人間である私の感じる感覚で、オリーブにとっては自然に持ち兼ね備えた時間なのではないか。つまりそれは時間がかかっているのではなく、「オリーブの時間」なのだと。
そう考えるようになり、私もオリーブの時間にあわせてみようと思うようになりました。オリーブオイルの石けんを作るなら、オリーブの時間で。じっくりと風が吹くのを待つような気持ちで作るのです。すると不思議なことに、いつもと同じレシピで作っても、とてもいい石けんができあがるようになりました。(2006年6月)